神秘の泉「丸池」の伝説と歴史を調べてみた。山形県遊佐町のとある観光地

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丸池の歴史、伝説について調べてみました

丸池に沿って歩いて行くと、神社があります。丸池神社といいます。何かふるめかしいけど、少し錆びれた感がある神社です。

そんなには大きくありません。

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神社のとなりには立て看板があり、丸池の歴史がびっしりと書いてありました。

丸池の歴史、看板文章の全文を抜粋!(転載)

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丸池神社の隣にある看板には、丸池にまつわる歴史が色々と書いてあります。

転載します。

鳥海山大物忌神社境外末社 丸池神社境内

平20年3月28日指定

丸池神社は、一般的には丸池様と称され、瑠璃色の池そのものが御神体として崇敬されてきた。

現在の祭神は、田心姫命(たごりひめのみこと)、市杵島姫命(いらきしまひめのみこと)、多岐津姫命(たぎつひめのみこと)の宗像三女神(むなかたさんじょしん)である。

丸池神社の本殿は、神池を拝むような形で配置されており、一間社流造(いっけんしゃながれづくり)の小社であるが、向拝(ごはい)に木階(もっかい)を設けない、見世棚造風(みせだなづくりふう)のやや変則的な造りの社殿である。

8月7日の例祭では、本殿の向かい側の拝殿で、御頭舞(おかしらまい)(獅子舞)、巫女舞(みこまい)が奉納されている。江戸時代後期、天保の頃、遊佐町下長橋に住む風流人たちが遊佐郷の景勝地を巡った記録である「遊佐細見往来」という書き物に、以下のような記述がある。

転載を書いている途中で、異世界の漢字が多くてわけがわからなくなりました。 言葉1つ1つが難解ですね。

丸池は、3人の女の神様なんですね。

丸池大明神を参詣いたしける。此池は稲倉嶽(いなくらだけ)御尊(みこと)の御手洗(みたらし)にして、此所に瑠璃の御玉と云ふ宝物あり。御機嫌の節は彼の御玉、水の上に浮むと云伝ふ。

若し此池に塵塊杯などを投入不浄いたしたし候ば、俄に東風吹き出し、田畑をそこなふ事眼前なりと。

此池の名、俗説もりと池と云ふ。今にも森池東風とて吹くことあり。

慎むべし。昔より此の池に住し魚皆片目なりと承る。

丸池には、ゴミや石を投げ込んだりすると、丸池大明神が期限を損ねて、田や畑がなくなってしまうという言い伝えのことですね。 慎みましょう。

うーん深いですね。

稲倉嶽の神の御手洗との謂(いわ)れは、水分(みくまり)の山でもある鳥海の神と本池の深い繋がりをうかがわせる。

稲倉岳は、大物忌神の正体ともされる倉稲魂神を祀(まつ)り、「稲に稲村ヶ嶽(いなむらがたけ)在。実は稲倉と云。爰(ここ)ハ権現本居の所なれば、参詣することを禁ず。」(「出羽國一宮鳥海山略縁起」)と記される鳥海山の奥の院とも言われる聖地である。

また、山上の湖水・鳥海湖と麓の丸池の水脈は地中深く通じているという言い伝えもある。

この池に棲む魚が片目だというのは、前九年の役で、安部宗任(あべのむねとう)(鳥海弥三郎)と戦った源氏の鎌倉権五郎景政が、宗任に左の眼を弓で射られ、同輩に矢を抜いてもらい、この池で眼を洗ったところ、池が真っ赤に染まり、それ以来この池に棲む魚はみな片目になったという伝説に基づいたものである。

鳥海山からの伏流水を水源とする丸池周辺には小山崎遺跡、柴燈林(さいとうばやし)遺跡など縄文の遺跡群が存在し、池の側を清流牛渡川が流れ、秋には多くの鮭が遡上する光景が見られる。このように、本境内は、縄文時代から現代に至るまでの水にまつわる信仰文化が残る貴重な史跡となっている。

遊佐町教育委員会

小山遺跡について調べてみると、「丸池様に近い斜面には縄文時代の集落が発見(小山崎遺跡)があり、さらに柴燈林(さいとうばやし)遺跡が発見されています。

平成19年の調査により、縄文土器が発見されるなど集落の生活構造も発見されました。

参考>>遊佐町広報紙(PDF P14~P15)

集落を直接見たことはないのですが、パッと見てわかるような形で復刻されれば面白いですよね~。

 眼を射ぬかれた「鎌倉権五郎景政」って何モノなの?

丸池で眼を洗って、真っ赤にしてくれた「鎌倉権五郎景政」ですが、彼は一体ダレ?という疑問が出てきました。

ということで、調査してみました。

彼は別名「平景政」(たいらのかげまさ)で、平安時代の武将です。

彼は、16歳の頃、後三年の役(1083年~1087年)に右目をい抜かれながらも、奮闘したとされているようです。

で、あれ?右目なの?後三年の役じゃなくて、前九年じゃないの?という疑問が出てきました。

鎌倉権五郎景政には、色々な歴史があるようで、資料を見ても右目をい抜かれたり、左目をい抜かれたり、眼を洗う場所が全然違う場所だったりするようです。

彼を祭った神社も藤沢市にあったり、鎌倉市にあったり、色々あるようです。

伝説ということで様々な信仰があるんですね。

参考文献・参考webなど

参考文献

遊佐町広報紙(PDF P14~P15)

参考webサイト

(ウィキペディア)

・鎌倉権五郎景政 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8E%8C%E5%80%89%E6%99%AF%E6%94%BF

・後三年の役 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%8C%E4%B8%89%E5%B9%B4%E3%81%AE%E5%BD%B9

・前九年の役 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E4%B9%9D%E5%B9%B4%E3%81%AE%E5%BD%B9

 関連記事

当ブログの関連記事です。参考まで~

>>神秘の泉「丸池様」は山形県遊佐町にあった!地元人も知らない丸池の全て

>>秘境の泉「丸池様」にたどりつけない!読んでおきたいアクセス方法

最後までお読み頂きありがとうございます!

いや~ブロガーやってると面白い発見ありますね。楽しすぎます。

ではまた!

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けぴお

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東北ブロガー。家族とミニウサギと楽しく暮らしてます。ジャーナルな執筆活動と自給自足で牧歌的な生き方を目指す「物書き屋さん」です。 >>詳しいプロフィールはこちらです
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