発信力が高い人は、倫理観が求められるって本当なの?

発信力 倫理観

発信力が高い人は、「色々な人から見られている。」を考えていきたいと思います。

発信力が高い人で思いつくのは、政治家や芸能人ですが、一般のブロガーでも知名度の高い人の場合は、同じような目線で見られていると思います。

だとすると「倫理観」というのは、どの段階から求められてくるのか?

思考を巡らせて考えていきたいと思います。

倫理観は、世間の注目度によって左右される?

前大阪市長の橋本氏のコメントからの引用です。

「公に発信して注目されているということであれば、政治家と同じような倫理観が求められてしまうわけですよ」と、発言は慎重にするべきと続けた。

(引用:サンスポ

注目度が高い人ほど、多くの人が見ていることになります。

この引用先の記事では、自分自身ではなく他の人に対してのコメントのようです。

ここで学ぶべきところは、情報発信力が高い人や世間から注目されている人ほど、倫理観を求められてしまうことですね。

これは、一私人を超えて「公の顔」になっちゃうことを示しています。

「有名税だから、しょうがないかー。」は、コメントの内容によっては通用しないのかもしれません。

うーん、なるほど。

発信力のある人は、コメントの一部分を使われて批判を受けやすい。

続いてこちら。

「僕らの立場ってのは、つまみ食いで批判されて仕方がない。だからブログにしたって何にしたって、社会的に発信力のある人は当然つまみ食いされる」

ニュースではよくありがちですが、全体の文章を読むと誤解を受けない文章でも、ある一部分のコメントなり文章を切り取って抜き出されると、「誤解を受けやすい」ことも多々あります。

報道機関でも、面白がって取り上げたりしますが、世間の注目を浴びることで、視聴率を上げたり、サイトやブログのアクセスが上がり「直接利益になるから」という理由もあると思います。

だからこそ、情報発信力のある人は、気を付けなければならないんですね。

一般ブログの場合も同じとすれば、どこが基準となるのだろう?

私のブログでも、結構ズバリ発言や断定的な意見を述べることがあります。

断定的な書き方は、分かりやすいし、無駄がありません。

できるだけ「曖昧さ」は回避しています。

このブログは約10万PVの個人メディアですが、見解的に倫理観がなくても、間違ったら自己訂正をかけたり、広く意見を求めて長期的に考え方を変えて修正をかけることができます。

でも、それが50万PV、100万PVと増えていく度に、読者のパイが増えて人が集まり、多くが言及されるようになると、瞬時に人の目に触れて、激論になります。

社会的影響力とは、面白くもあり、難しいんだと思います。

そこを踏まえると、この「サラッと生きログ」は割と堅い記事が多いこともあって、「私的な感情の日記」から、「公的な顔を持つメディア化」に変化するのもアリかなと。

じゃあ、そのタイミングは?と考えると、

今月か来月には、確実に10万PVを超えるので、そろそろデザインやブログネーミングも含めて、変更するのもいいかも。

これはまだ、考え中です。

公の顔が強くなれば、私的な日記も書けなくなるのは辛いですが、どっちを取るのか、どっちも共存できるようになるにはどうすれば良いか?

今後も、色々と思考を巡らせていきたいと思います。

ではまた^^

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けぴお

けぴお

ブロガーイキルメディア・ラボ
新しい【生き方】×【働き方】を探求する「イキルメディア」の運営者。ブログメディアを運営しつつ、㈱KADOKAWA(角川出版)新ウェブメディア「スタディウォーカー」への寄稿や英国Adapt Worldwide社のプロジェクト参画、電子書籍出版など幅広く活動を展開中。ブロガー、ビジネスマン、アーティストで「人生アートに生きる」がモットー。 >>詳しいプロフィールはこちらです
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