障害者施設の事件から考える、日本社会はどう向き合えば良い?

社会 向き合い方

2016年、相模原市の障害者施設が襲われるという痛ましい事件(リンク先:ウィキペディア)がありました。

あれから1ヶ月。

新聞メディアの記事に「著名人が考える、社会との向き合い方」について、それぞれの視点で書いてありましたので、引用しつつ考えていきたいと思います。

障害者施設の事件から考察する、日本社会の向き合い方。

哲学者の菅野捻人氏の「憎悪の社会」から考える。

では、早速引用から。

「ヘイトの時代」と呼べるほど、憎悪の広がりが現在の社会の特徴になっている。

(略)

背景にあるのは、日本社会の厳しい現状だ。

高度経済成長期などと比べ、現在は経済の低迷と少子高齢化で社会全体のパイが縮小している。

財源が切迫し、効率化をしようという時世の中、(略)生活保護受給者へのバッシングが起こる。

向けられているのは、「財源を食いつぶし、全体の足を引っ張っている。」という憎悪だ。

社会の中にある「憎悪」についてのコメント。

生活保護の不正受給が事実存在するのは、残念極まりないことですが、本当に生きるための必要としているのもこれまた事実。

以前、記事にした貧困世代は目の前にある。私達の生活と社会と貧困問題。に貧困社会の衝撃を受けました。

貧困世代は目の前にある。私達の生活と社会と貧困問題。

なので、金の動くところに問題は一定数あるものです。運用上で回避するしかないんですよね。

ただ、生活保護は働きたくても、働けない層の人には必要なシステム。

ところが、国の借金が1,053兆円もあるという話がニュースになれば、税金を納めている人にとっては、「ムダ使いしているんじゃないのか?!」なんて論争が巻き起こるのです。

事件に話を戻せば、加害者の考え方の根底に「障害者が社会の荷物」としてのとらえ方があったようです。

とすれば、社会の動きと自分の生活に直結して考える若者は、思想があらぬ方向へ行っちゃうんでしょうね。

日本社会の不安定さが、社会的に立場の弱い人や守られる側の方に「憎悪」が向けられるという、悲しい事件と見えてきます。

理想と欲求が併存する社会。

菅野氏の引用の続きです。

「それぞれの人間の尊厳があり平等に扱われるべきだ」という理想と、「お荷物は切り捨てたい」という欲求。

個人に社会全体にも、2つの考えが常に併存していることに目を開くべきだ、

その上で、どうすれば欲求が理想をしのぎ、憎悪や排除の感情へと傾くのを避けられるのか議論しなければならない。

理想と現実は、私達の職場単位でも起こりうる矛盾ですが、例えば、

・私達社員は平等に扱って欲しい!(理想)

・自分だけ特別な存在として評価されたい。(欲求)

このような理想と欲求は、常に私達の生活や仕事の中に存在しますよね。

欲求が理想を超えないようにするため、憎悪に結びつかないようにするための今後の議論に注目です。

これの「答え」ってあるのかな。うーん、まだ分かりません。

ブロガーの佐々木志穂美氏が考える「生産性のない人間を排除する社会の怖さ。」

今度は、ブロガーの佐々木さんのコメントからも考えていきましょう。

せっかくなので、ブログも紹介しますね。

さんさんさんなささきのブログ(我が子3人障碍あり)

生まれてきた3人の男の子は、全員ハンディがあった。

長男は脳に障害があり、言葉を話すことができず、寝たきりで20歳で亡くなった。

次男と三男は自閉症で、三男には知的な遅れもある。

(略)

私は日々の生活や子どもたちのことをブログに書いているが、時々「なぜ3人も産んだ」「税金の無駄遣い」と言われる。

(略)

「強くて優秀でなければけない」という価値観では、この子は価値がない存在に見えるかもしれない。

(略)

生産性のない人間を排除する社会は怖い。障害者と距離を置くのではなく、少しでも互いを知ろうと歩み寄ってほしい。

しなやかでおおらかな世の中になれば、きっと誰もが生きやすくなる。

私も子育て真っ最中ですが、世の中の認知として「頭が良く優秀な子は良い。」という考えがありますよね。

じゃあ、「その反対はどうなの?優秀じゃない子や普通の子はダメなの?」ってなります。

私も世間一般的な普通の人であるように、子供も同じです。

1つでも食っていける才能の芽を見つけて、本人にも意識させ、繰り返し磨いて本人が人生を謳歌できればそれで良いと思います。

楽しく生きることが出来れば、それが一番。

また引用にもあるように、「生産性のない人間を排除する社会」は1人の人間としては、おかしいだろ!と考えますが、いちサラリーマンの立場で考えると、優秀でデキる人材に目が行きがちです。

じゃあ、優秀なサラリーマン以外ダメなの??ってなります。○か×しかない社会は怖いですし、生きにくい。

引用の最後にもありますが、私達が子供の時代は「おおらかな社会」でした。私達の行動や発言にはもっと大人に許容されていました。

ところが、今は違います。

公園でケガをすれば「管理者は誰だ!責任は!」とか、近所に海があっても子供同士はダメだったり(これはしょうがない?)、そもそも責任問題の回避から遊具を撤去して、子供たちが遊ぶ公園すら無いこともあります。

あとは、子供が友達の家に遊びにいくにも、お菓子は持っていけとか、なんだかんだで子供も窮屈なんだろうな・・と思います。

「おおらかな社会」は、どのように生まれるのか?ギスギス感が無く、憎悪が生まれにくく、それでいて住みやすい社会。

私達は、ここをもう少し考えて議論を深める必要があります。

まだ、「答えはこれだ!」なんてものは見えていませんが、今後もこのテーマは引き続き考えていきたいと思います。

ではまた^^

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けぴお

けぴお

ブロガーイキルメディア・ラボ
新しい【生き方】×【働き方】を探求する「イキルメディア」の運営者。ブログメディアを運営しつつ、㈱KADOKAWA(角川出版)新ウェブメディア「スタディウォーカー」への寄稿や英国Adapt Worldwide社のプロジェクト参画、電子書籍出版など幅広く活動を展開中。ブロガー、ビジネスマン、アーティストで「人生アートに生きる」がモットー。 >>詳しいプロフィールはこちらです
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